氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

我が子を腕に抱くなど今まで考えたことがなかった。

腕に抱くまではむやみに泣くだけの面倒な生き物だと思っていたが、いざ腕に抱いて自分に似た顔をしている赤子と目が合うと――心の中で何かが融解した。


「お前とずっと一緒に居るわけにはいかない。少しでも離れていた方がいいんだが…」


「でも一緒に生きてくれるんでしょう?流水さんは私が早死にすることを心配してくれてるんですよね?でも私…あなたと一緒に居たいし、この子の父親として傍に居てほしい」


共に生きると決意したからにはもちろん傍に居たいのだが、妖と人では一昼夜の活動時間が違う。

それを鑑みれば少なくとも一日中傍に居ることは避けられるし、百鬼夜行の主に願い出て赤子と同じ半妖の身として何か手助けをしてもらえるかもしれない。

噂を聞いていた。

現当主は前当主と違ってとても面倒見がよく慕われている、と。


「何も心配するな。俺がちゃんと考える」


「はい」


嬉しそうに笑った綾乃の笑顔を見ると、ほっとした。

今まで生きてきた中で得ることのできなかった充足感であり、もうこれを手放すことはできなかった。


「夜必ず会いに来る。幽玄町に引っ越すまで毎夜」


「この子と一緒に待っています」


――綾乃と約束を交わし、それから流水は綾乃が里を離れる決意をするまで毎夜妻子に会いに行った。

昼間は妖が集まる集落に宿を取って眠り、夜は綾乃たちに会いに行く――少しも面倒と思わなかったし、腕に抱く度に大きくなってゆく赤子の成長が楽しみだった。


「流水さん、この子も少し大きくなったし、里を離れたいと思います」


「そうか、じゃあ俺は幽玄町に行って百鬼夜行の主に願い出てくる」


それまで百鬼夜行の主に会いに行けなかったのは、綾乃たちと離れるのが寂しかったから。


「待っています。気を付けて行ってらっしゃいませ」


「…分かった」


笑顔で送り出してくれた。

その笑顔を見るのが、それが最期になるとは何も知らず――