氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

いずれは里に戻って嫁を迎えて落ち着かなければとは思っていた。

だが、綾乃との間に子が産まれたことで流水は決意し、綾乃に提案を持ちかけた。


「綾乃、話がある。ここを出て違う場所で暮らさないか」


「え…でも…あなたは妖で…私は人だし…」


「妖と人が共生している場所がある。そこでは妖が人を支配している町があり、人はそれを受け入れて暮らしている。そこの妖の主に話しをつければ、俺たちは共に暮らしてゆけるかもしれない」


幽玄町――そういう名の町で、治めているのは毎夜百鬼夜行を行って妖と人との間に生じる諍いを収めている一族が居る。

そう語った流水の三白眼の目には真摯な光が浮かび、腰を押し付けて共に生きてゆこうと決意してくれたのだと悟った綾乃は、赤子を抱きしめて嬉しそうに笑った。


「嬉しい…」


「共に幽玄町に行ってくれるな?」


「はい…。でも流水さん、せめてこの子がもう少し大きくなるまで待って下さい。ここは私が産まれた場所で愛着があって…名残惜しいのもあるんです」


「分かった。俺はその間に百鬼夜行の主に話をつけてくる」


俄かに心が浮ついた。

百鬼夜行の主は妖と人との間の懸け橋であり、現在の当主は半妖であるはず―――

きっと話は分かってくれると確信していたし、人を食う習慣がないため、話の展開によっては百鬼として加わってもいいと思っていた。


「本当に妖と人が暮らしてる場所とかあるんですね」


「ある。絵空事と思うだろうが、遥か昔から共に暮らしている。妖は人を食わず、人は妖に支配されながらも敬意を払っているそうだ」


「すごい」


――もう里は捨てる。

そこそこ名家だったけれど、そんなのはどうでもいい。


流水は、決意した。