氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

それは――その声は、明らかに赤子の声だった。

元気で大きな声で泣き、綾乃のあやす声が聞こえていた。

流水はただただ立ち竦み、足が前に進まず、手もぴくりとも動かなかった。

だが気配を感じたのか戸が開き、流水はとうとうそれを目撃した。


「あ…綾乃…それは…」


「流水さん、お帰りなさい。私たちの赤ちゃんですよ」


そうは言われても俄かに信じることができなかったが、おくるみで顔まで覆われていた赤子の顔を綾乃がそっと見せると、額の中心に角が生えていて、息を呑んだ。


「俺の…子…?」


「本当はとっくの昔に妊娠は分かっていたんです。だけど…それをあなたが知ったらもう会いに来てくれないんじゃないかと思って…ごめんなさい」


あまりにも動揺してそれを隠せない流水の強張った表情に、また綾乃も強張った。

妖と人の間の子は半妖と言われ、双方から虐げられ、迫害されるというのは知っていたし、けれど身籠った以上その命を奪うことなど母として到底できない。

流水は無表情で冷たいように見えるが、会いに来てくれるとかならず手土産を買ってきてくれるし、決して無慈悲な男ではない。

だが人との間に子ができたら――もう会いに来てくれないかもしれない。

そう思って言い出せずにいた。


「私に嫌気がさしましたか…?もう…私たちは、駄目?」


「……そんなことは…ない」


目元は流水にそっくりで、どちらかといえば妖寄りの人相をしていた。

だからこそ、人の世では生きていけない。

この角は、命取りになるだろうから。


「流水さん…」


「嫌気なんかささない。…可愛い子だな」


ようやく実感した。

我が子をその腕に抱いて、飽きもせず顔を見た。