氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

禁断の関係に陥りながらも、流水は極めてぎりぎりのところで冷静を保っていた。

想いを重ねたからといって、日がな共に時を過ごすことはない。

時には数日綾乃の傍から離れることもあり、そういう時は妖の住む集落などに立ち寄って綾乃に似合う櫛や旗門を買い求めることもあった。

綾乃は従順だった。

ずっと一緒に居たいだろうに、文句のひとつも言わず、帰りを待ち続けていた。

…自分もそれを楽しみにしていたところもある。

綾乃の家に戻った時――とても嬉しそうな顔をして待ちわびてくれているその表情に癒されている自覚があった。


「…?誰か居るのか」


綾乃は村八分に遭っているため、村人たちとほとんど交流がないはず。

それなのに戸は開き、言い争う声が外にも聞こえていた。


「男ができたんだろう!?そうだろう!?」


「あなたには関係ありません!出て行って!」


「…」


あの声は――貧しい暮らしながらも腹が出て肥え太った村長の声だ。

あれから綾乃は村長の家を訪れておらず、綾乃を妾にと望んでいた村長が痺れを切らして突入していた。


「急に身なりのものが新しくなったり化粧をしたり…村の者ではないな!?誰だ、言え!」


「俺だ」


――村長の背後でぞっとする低い声色を発した流水は、村長が明らかに飛び上がったのを見て背後から左手を伸ばして首に手をかけた。


「俺の顔を見たいか?見たいなら見てもいい。その代わり…俺の物を奪おうとするお前の命の保証はない」


「ひ…っ」


「さあ、行け。二度とここを訪れるな。また来たら…俺がお前の家に乗り込んで、お前の家族に何かする」


美しい妖は、声すら美しい。

身震いした村長が家を飛び出て行くと、綾乃はすぐさま流水に抱き着いて身を震わせた。


「ありがとうございます…っ、怖かった…」


綾乃を抱きしめながら、少し痩せたように感じた。


それは――前兆だった。