氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

人など下等な生き物だ。

縁を結ぶにはあまりにも脆弱な存在であり、数十年で死んでしまう弱い生き物。

だからこそ人里にはほとんど下りなかったし、関わってこなかった。

今回はあくまで気まぐれ――

…いや、気まぐれだったのだろうか?

あの娘を――綾乃を一目見た時から、この娘の人生に関わりたいと思っていたのではないだろうか?

こんな馬鹿げたことはないと思いながらも、ある意味人とのかかわりと言う禁断の行為に身を委ねたかったのではないのだろうか?


「綾乃…俺は…」


「またどこかへ行くんでしょう?でも…私の想いも知っていてほしいんです。お願い…今は、行かないで」


下等な生き物に自らの本音を明かすなど以ての外。

だけれど今までのこの長い人生の中で、一番惹かれる存在だったことは…確かだ。


「俺は…お前とは同じと時を過ごすことはできない」


「それでもいいんです。今の私が在るのはあなたのおかげ。だから私の短いこの先の人生、あなたに捧げます」


…綾乃はあとどのくらい生きられるのだろうか?

自分と関わらなければ、少なくともあと数十年は生きていられるはずだ。

けれど傍に居てしまうと、きっと綾乃はあっという間に死んでしまう。

死んでしまうのに――


「…俺と関わると、お前は早死にする。それでもいいのか?」


「いいんです。汚れきった私を救ってくれたのは…流水さん、あなただから。私のこと、好きじゃなくてもいいんです。お傍に置いて下さい」


「……嫌いじゃない」


「じゃあ…好き?」


綾乃と向き合った。

袖を掴んで必死の形相で見上げてくる綾乃の顎に手を添えて、じっと目を見つめた。


「…目を閉じろ」


それは矜持ではなく、恥ずかしさから。

――流水と綾乃はそうして唇を重ね合い、禁断の恋に身を落とした。