氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

それからというものの、痩せぎすの綾乃を太らせるべく、肉を届けては食わせ、珍しい山菜を採りに行く際は護衛も兼ねてついて行く――という日々を過ごした。

そうしているうちに綾乃は肉付きが良くなってふっくらしたものの、まだまだ標準には程遠い。

だが体力が回復して山菜のある場所まで自力で辿り着けるようになり、それらを市場で売っては大量の金を手に入れ、身の回りのものを新調し、化粧道具も揃え、新たな機織り機を買い、めきめき腕を上げていった。


流水は始終綾乃の傍に居るわけではなかった。

明らかに妖だと分かる整った容姿のため、下手に綾乃の傍に居れば、綾乃が責められると思ったからだ。

そして自ら生まれ持つ性質も十分承知していた。


「流水さんは日中はどこに居るんですか?夜はその…会いに来てくれますけど」


「妖は本来日中は活動しない。それにもうついて行かずともひとりで山菜を採りに行けるだろうが」


綾乃は流水が持って来た肉を新しい鍋で煮込みながらはにかんだ。


「あなたのおかげで私とても元気になれたし、まともな生活を送ることができたから…その…ここはあばら家ですけど、雨風なら凌げます。良かったら…」


――好意を抱かれている、と感じた。

もうあれから数ヶ月経ち、心の距離がぐっと縮まり、あまり表情の動かない流水をさして気にしない綾乃はよく笑顔を見せるようになっていた。

綾乃に礼をしたいと言われていたものの、何も思いつかず現在に至っている日々の中で、流水もまたごく稀にではあるが小さな笑みを見せるようになり、綾乃はそれを見る度に嬉しそうにしていた。


「…お前は人で、俺は妖だ。あまりふたりで居ると周囲に怪しまれる」


「私は別に気にしないですけど…」


「俺が気にする」


思いの外強い口調になってしまい、俯いた綾乃を置いて外に出た流水は、小さく舌打ちをして表情を歪めた。


「これではまずいことになる…」


分かっていたけれど、もうどうすることもできなかった。