氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

綾乃は痩せていたが瑞々しい肢体を持ち、もし食に困らない生活を送ればそこそこ美しい女になるのでは、と思わせた。

綾乃は食う対象ではない。

だが暇を持て余している流水は、自らの手で綾乃を変化させることができたらとても面白いだろうなと思いついて手拭いを手にすくっと立ち上がった。


「戻るぞ」


「はい。久々にお風呂に入れて気持ち良かった…」


「場所は把握したな?これからは自分で行け」


「…流水さんは…これからどうするんですか?」


問われた流水は、何故綾乃がそんなことを訊くのか訝しんでまだ湯に浸かっている綾乃を冷めた目で見下ろした。


「何故そんなことを訊く?」


「別に…他意はないですけど…。……ここまで良くして下さったのだから、何かお礼をと思って」


礼。

人は下位の生き物であり、妖にとって玩んでからかう対象でしかなく、そんな生き物に礼をしたいと言われた流水は、少し考えて綾乃の頭目掛けて手拭いを投げた。


「考えておく。…俺は暇を持て余しているから、何か思いつくまではお前で遊ぶつもりだから覚悟しろ」


俄かに綾乃の楕円形の大きな目で輝いた気がした。

平静を保つことに躍起になっている流水はそれに気付かず、湯から上がってきた綾乃の薄汚れた着物を手に取った。


「湧水が滾々と沸いている場所もある。身なりを整えて俺を楽しませろ」


「でも…私はその日暮らしの日々で…」


「俺が持って来てやった山菜が珍しいものだと言っていたな。場所を教えてやるから売りに行け。…そしてもうあの村長の家には行くな」


「は、はい」


――人の世話焼きをしている。

同類に見られでもしたら珍妙なことをしていると言われるだろうが、流水は気にしていなかった。

気にしないほど、綾乃でどう遊んでやろうかと考えて、久々に楽しい思いになっていた。