本当に久々の肉料理だったらしく、綾乃は美味しそうに鍋を食べていた。
流水はその間至近距離で綾乃を観察していたのだが、薄汚れた様に綾乃を質問攻めにしていた。
「風呂がないようだが、どうなっている?」
「お風呂はないんです。お湯で身体を拭く位」
綾乃のような若い娘が毎日風呂に入っていないという事実に流水は驚き、思っていた以上のあばら家だったのだなと鼻を鳴らしてすっと立ち上がった。
「それを食ったら出かける準備をしろ」
「え?どこへ…」
「山中に湯が沸いている場所がある。ここからそう遠くない。そこで身なりを整えろ」
――綾乃はぽかんとしていた。
人外の者が何故か自分の衣食住を心配しているのだから、おかしいと思わないわけがない。
身なりを整えて食ってしまおうと思っているのかと考えたが、先程食う対象ではないと明言したため、何が目的なのかさっぱり分からなかった。
「あの…どうして私を気にして下さるんですか?」
「…俺はお前が想像できない年月を生きている。時には傀儡のように他者を操っては暇を潰すこともある。今回の対象はお前ということだ」
はっきりと‟お前で遊んでやる”と言われた綾乃は、つっけんどんで突き放したような口調でありながらも、今までこんな美しい男を見たことがなく、口ごもりながら正座したまま一歩下がった。
「その…私をどうこうしようと思っているわけではないんですよね?」
「俺は俺の好きなようにする」
敢えて否定せず、くつくつと笑った流水の三白眼に見据えられて綾乃の心臓は一瞬止まりそうになった。
恋を、していた。
今までほぼ野菜の端切れしか食べていなかった綾乃の体力では目下の温泉まで辿り着くことは困難だった。
分かり切っていたことだったが、綾乃が頼ってこないかと期待して突き放していた流水だったが、山中で綾乃の足が止まると無言で近付き、すっと抱き上げて慌てさせた。
「ちゃんと歩けますから」
「そんな調子ではいつ着くか分からない。しっかり掴まれ」
力ある妖は大抵空を飛ぶことができ、流水は‟鬼憑き”の一族の中では秀でた家の出身だった。
同族であればその力は発揮されず婚姻も普通に可能であり、里に留まれば安穏と生きてゆけるのだが――流水は年頃を迎えると里を出て流浪の旅をしていた。
「着いた。最初からこうすれば良かった」
一瞬で温泉の湧いている場所まで着いた流水は、まごついている綾乃をよそに腰を下ろして顎で温泉を指した。
「入れ」
「で、でも…あなたはそこに居るんですか?」
「何か問題があるか?お前は腹の出た親と同じ年頃の男に抱かれていたんだろうが。俺がお前の痩せた身体を見て欲情するとでも?」
――綾乃の表情を見て言い過ぎた、と分かっていたが、事実を口にしただけだと開き直ってじっと綾乃を見ていると、綾乃は意を決して帯を外した。
「そうですね、あなたの言う通りです」
一糸纏わぬ姿になった綾乃は、ぴくりとも表情を動かさない流水に視線もくれず、湯の中に入った。
沸かした湯で身体を拭く日々だった綾乃にとって温泉の熱さと気持ち良さは格別で、流水に抱いていた恥ずかしさや怒りも一気に解けて、思い切り手足を伸ばした。
「気持ちいい…」
「…」
頭まで潜った綾乃をただただじっと見つめていた。
表情が動かないように苦労していたが、綾乃がそうして消えると、自然と口が開いて疼く牙を剥きだしにした。
「何故疼く…」
綾乃はやはり痩せぎすで、自分が人食いだったとしても標的にはなり得ない。
何故だと自問しても、分からない。
「何故だ…」
分からない。
流水はその間至近距離で綾乃を観察していたのだが、薄汚れた様に綾乃を質問攻めにしていた。
「風呂がないようだが、どうなっている?」
「お風呂はないんです。お湯で身体を拭く位」
綾乃のような若い娘が毎日風呂に入っていないという事実に流水は驚き、思っていた以上のあばら家だったのだなと鼻を鳴らしてすっと立ち上がった。
「それを食ったら出かける準備をしろ」
「え?どこへ…」
「山中に湯が沸いている場所がある。ここからそう遠くない。そこで身なりを整えろ」
――綾乃はぽかんとしていた。
人外の者が何故か自分の衣食住を心配しているのだから、おかしいと思わないわけがない。
身なりを整えて食ってしまおうと思っているのかと考えたが、先程食う対象ではないと明言したため、何が目的なのかさっぱり分からなかった。
「あの…どうして私を気にして下さるんですか?」
「…俺はお前が想像できない年月を生きている。時には傀儡のように他者を操っては暇を潰すこともある。今回の対象はお前ということだ」
はっきりと‟お前で遊んでやる”と言われた綾乃は、つっけんどんで突き放したような口調でありながらも、今までこんな美しい男を見たことがなく、口ごもりながら正座したまま一歩下がった。
「その…私をどうこうしようと思っているわけではないんですよね?」
「俺は俺の好きなようにする」
敢えて否定せず、くつくつと笑った流水の三白眼に見据えられて綾乃の心臓は一瞬止まりそうになった。
恋を、していた。
今までほぼ野菜の端切れしか食べていなかった綾乃の体力では目下の温泉まで辿り着くことは困難だった。
分かり切っていたことだったが、綾乃が頼ってこないかと期待して突き放していた流水だったが、山中で綾乃の足が止まると無言で近付き、すっと抱き上げて慌てさせた。
「ちゃんと歩けますから」
「そんな調子ではいつ着くか分からない。しっかり掴まれ」
力ある妖は大抵空を飛ぶことができ、流水は‟鬼憑き”の一族の中では秀でた家の出身だった。
同族であればその力は発揮されず婚姻も普通に可能であり、里に留まれば安穏と生きてゆけるのだが――流水は年頃を迎えると里を出て流浪の旅をしていた。
「着いた。最初からこうすれば良かった」
一瞬で温泉の湧いている場所まで着いた流水は、まごついている綾乃をよそに腰を下ろして顎で温泉を指した。
「入れ」
「で、でも…あなたはそこに居るんですか?」
「何か問題があるか?お前は腹の出た親と同じ年頃の男に抱かれていたんだろうが。俺がお前の痩せた身体を見て欲情するとでも?」
――綾乃の表情を見て言い過ぎた、と分かっていたが、事実を口にしただけだと開き直ってじっと綾乃を見ていると、綾乃は意を決して帯を外した。
「そうですね、あなたの言う通りです」
一糸纏わぬ姿になった綾乃は、ぴくりとも表情を動かさない流水に視線もくれず、湯の中に入った。
沸かした湯で身体を拭く日々だった綾乃にとって温泉の熱さと気持ち良さは格別で、流水に抱いていた恥ずかしさや怒りも一気に解けて、思い切り手足を伸ばした。
「気持ちいい…」
「…」
頭まで潜った綾乃をただただじっと見つめていた。
表情が動かないように苦労していたが、綾乃がそうして消えると、自然と口が開いて疼く牙を剥きだしにした。
「何故疼く…」
綾乃はやはり痩せぎすで、自分が人食いだったとしても標的にはなり得ない。
何故だと自問しても、分からない。
「何故だ…」
分からない。

