氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

「妾…?つまり愛人になれと?」


「…私は大したこともできません。畑仕事と機織りが少しできる位で、独りで生計を立てることはとても無理で」


――そんな時、初老の村長から妾になれば食料を恵んでやると言われた、と語った。

綾乃はまだ二十にも満たない歳で、村長は恐らく五十近い。

そんな年寄りに身体を求められて、吐き気を覚えながらもそうすることしかできない自身にほとほと嫌気がさしている、と綾乃は語り、煮立った鍋を見つめた。


「他にどうすれば良かったんですか?村の人たちは皆私を蔑む目で見ます。私は何も悪いことはしていないのに。私の両親だって…」


「…」


流水の身体の中で、鍋のように何かが沸々と煮立っていた。

こんな若い娘が身体を売っている――少しの食料と引き換えに、身体を。

ただただ、許せなくて、流水の三白眼は綾乃を見据えてぎらぎら光っていた。


「あなたは妖ですよね?人外の者がどうして私に目をつけたんですか?こんな痩せた身体を食べても美味しくありませんよ」


「…食うのが目的じゃなかった。お前を観察していただけだ」


「あなたの興味を引くようなことは何もしていません。でも…」


箸を返してもらった綾乃は、ひび割れた碗に鹿肉と野菜、少しの味噌を入れた水炊きを入れて流水に差し出した。


「あなたが軒下に置いてくれた野菜は山奥でしか採れない珍しいものなんです。栄養たっぷりで、私はそれがあったから飢え死にせずに済みました。本当にありがとうございました」


…毎日軒下に置いていた山菜は珍しいものだったようで、弱り切っていた綾乃は体力を取り戻して元気になったという。


「お前は今後もあの腹の出た男に身体を売るつもりか?」


単刀直入に問うと、綾乃は碗を置いて弱々しく頷いた。


「私は…そうすることでしか生きていけませんから」


「…」


反吐が出る。

怒りに満ち溢れた流水は、その感情が‟嫉妬”であることにまだ気付かず、綾乃が作った水炊きを黙々と食べた。

味は――何も感じられないほど怒り狂い、静かに静かに、身体の中で怒りが暴れていた。