氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

人を食う習慣はなかったため、女――綾乃(あやの)は獲物ではないはずだった。

だが――どうにも牙が疼く。

この兆候は、長い生の中ではじめて覚えた感覚だった。


「…何故こんな村八分の目に遭っている?」


「この村は貧しいでしょう?皆で野菜を作って、それを大きな市場へ行ってお肉やお金に換えてもらったり…私の両親はその役割をしていたんです。荷車を引いて換金に向かう道中、賊に襲われて…」


鍋で肉を煮込みながらふっと小さく笑った綾乃を真正面でじっと見ていた。

料理には全く興味はなかったけれど、それよりも…痩せぎすな綾乃の首筋や腕に目がいってしまい、目が合うとぱっと逸らして腕を組んだ。


「それで村八分か?」


「…皆、飢えました。亡くなった人も居ました。それもこれも、私の父母が換金できなかったせいだと。私は肉親を一気に亡くしたというのに…。でも仕方ありません」


「それで、村長の家に行って僅かな食糧を恵んでもらっていたということか?」


「!ど、どうしてそれを知って…」


あの家主が村長であることは割り出していた。

何せこちらは有り余る時間があるため、観察することには長けている。

そして明らかに綾乃の顔色が変わったため、この話題が禁忌であることは容易に知ることができた。


「手ぶらで帰る日も多かったな。何をしに行っていた?」


「…」


表情が曇り、唇はきゅっと真一文字に引き結ばれて、話を拒まれた。

何故か苛立ちを感じた流水は、綾乃の手から箸を奪い取って身を乗り出した。


「話せ。話さないと…お前を食う」


嘘だったがそれは効果てきめんで、綾乃は膝の上で拳を握り締めてぎゅっと目を閉じた。

その告白に、流水は再び苛立ちを覚えることになる。