氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

近くで見ると、女は若く可愛らしく、やはり観察のし甲斐があると思いつつも、頭の中は真っ白になってしまっていた。

明らかに人外だと分かる自分を見て女も一瞬立ちすくんだものの、後退りせずじっと目を見つめてきて胆力を見せた。


「私は流水さんを知りません。だけどあなたは私に食べ物を運んできて下さる…。どうして?」


「お前が…みすぼらしかったから」


「みすぼらしい?ふふ…っ、そうですね、私、両親を亡くしてから貧しい暮らしをしてきたから」


自嘲するように笑った女は、足元に置かれた大量の肉を見て目を丸くすると、立ち尽くしたまま動かない流水を見上げて頭を下げた。


「もっとお話を聞かせて下さい。これは流水さんが運んできて下さったんですよね?料理しますから一緒に食べませんか?」


「…いや、俺は…」


「お肉なんて久しぶり。さあ、中に入って下さい」


促されるまま屋内に入ってしまった流水は、想像以上に貧しい暮らしをしている女の暮らしぶりに絶句した。

畳はささくれ立ち、鍋は錆が浮き、隙間風が絶え間なく吹き込んでくる。

まともに座れるような場所はないように思えたが、女は頓着なくそんな畳の上で正座してまた流水を促した。


「貧しすぎてびっくりしました?」


「…何故こんな暮らしを?」


「…話すと長くなるんです。さあ、どうぞ」


――人とこうして接するのは、これがはじめてのことだった。

下等な生き物だと卑下して一切関わり合いを持ってこなかったけれど、こんなひ弱な生き物がひとり奮闘して生きてゆく様には多大な興味があり、足が自然と動いて畳に座した。


「長居はしない」


それでいいです、と言って笑った女の儚い笑みに目が離せなかった。

それがなんという感情であるか――流水はまだ知らなかった。