上空に吹いていた風が突如下降してきて再び空に吸い込まれるようにして舞い上がった。

氷雨の真っ青な髪は風にもてあそばれて舞い上がり、普段見せない殺気が身体を纏って淡白い光を纏っていた。


「氷雨さん…きれい…」


「雪男は基本うちの留守番役だけど、実際は百鬼夜行の先頭で戦えるほど強いからね。朧のために戦ってくれてるんだよ」


天満に肩を抱かれた朧は、自分のために戦ってくれていると聞いて心の底から嬉しくなり、両手を腹にあてて恍惚とした表情になった。


「嬉しい…でも氷雨さん、無理しないで…」


――何故忘れていられたのだろうか?

記憶がなかった時の自分のことはあまり覚えていないけれど、氷雨をとても悲しませたことは何故か覚えている。

それでも心が通い合っていて触れ合うことができたのは、どんな奇跡なのだろうか。


「所で一応訊いておくけど、朧とお前が惚れた人の女だけど全然似てねえよ。だから俺のもんに構うな」


「…惚れてなどいない。それよりその幻をやめろ」


「悪いけどその幻、俺は何が見えているのかも分かんねえし、何かを見せようともしてないんだ。お前の深層心理と思え」


「これが深層心理だと?違う、こんなのは違う」


流水の三白眼には焦燥の光が瞬いていた。

きっと見たくもないのを今見ている――そう感じた氷雨は、口角を上げて笑い、流水に視線を定めたまま軽く左手を挙げた。


「晴明、もう結界解いていいぞ」


「相分かった」


晴明が何事か呟くと、薄い膜のような結界が儚い音を立てて弾けて無くなった。

結界が無くなったと同時に飛び掛かって来るかと思った流水は幻に捉われ、歯を食いしばっていた。


「やめろ…!」


それは甘くも悲しく、許されることのない時を紡いだあの時の光景だった。