朔を御するのには誰よりも慣れていた。

昔から基本的に甘えてはこないが、甘えてきたい時の小さな合図など、朔への観察眼には誰よりも秀でている。

落ち着きを取り戻した朔は、俺に任せろと言った氷雨に場所を譲って背後に立ち、鞘の先端で氷雨の背中を突きまくっていた。

これは、甘えの合図だ。


「なんだよ痛いって」


「事態を悪化させたら離縁させたり百鬼を解雇したりするからな」


「お、おう…頑張ります…」


これも脅し文句だと分かっていたが、気を引き締めて流水の顔の前で手を振った。


「おいどこ見てんだ、お前の相手は俺だ」


「主らの話が耳に入ったのだが…その容姿、雪男であろう?離縁とは、よもやあの娘と夫婦なのか?」


「ああそうだ、子も産まれる」


流水は三白眼を細めて氷雨をじいっと見つめた。

この男に差別意識があることは分かっていたため、氷雨は心を武装して流水と対峙した。


「子…?妖と人の半妖の娘と雪男の主との間に子が?また亜種が産まれるのか。鬼頭家はそれでいいのか」


「亜種?お前の価値観ならそういう呼び方かもしんねえけど、俺にしちゃあ嫁さんに似た可愛い子が産まれるんだから、なに言われたって気にしねえよ。それよか…」


――氷雨の右手に光が集まり、それが集約すると、真っ白な刀が顕現した。

虹色に発光するその刀は対象の相手に幻を見せることができ、世にも珍しき美しい刀――雪月花に目を奪われた流水は、光の中に、思い出したくもない幻を見た。


「やめろ…」


「何が見えてるか分かんねえけど、お前に望は渡さないし、俺の嫁さん見るのもやめてもらう」


実は朔より好戦的なのは、氷雨の方。

かつて十六夜と戦い、互角に持ち込んだ男は不敵な笑みを浮かべて流水に雪月花の切っ先を向けた。