朔が暴走する兆しはその目を見れば分かる。

普段目つきは鋭くないため、炯々と光っている様と口角がやや上がる感じが見えるともう確実に暴走する。

だが氷雨にとっても息吹を軽んじられていることは腹立たしい。

息吹が十六夜と出会ってくれたからこそ今の自分が在り、そして鬼頭家のこれからがある。

様々な呪縛から解き放たれて、朔やこれからその家業を受け継いでゆく子たちの負担が減ったのは、息吹が居たから。


「流水って言ったっけ?悪いけど主さまの母ちゃんはすげえ偉大なんだ。お前にゃ分かんねえだろうけど、あんまり卑下すると俺も黙ってねえからな」


流水は相変わらず朧を見つめて若干笑んでいた。

朧は天満の背中に隠れ、朔はとうとう天叢雲の下緒を外して鍔を鳴らした。


「雪男、その結界はあらゆるものの侵入を阻むが、こちらが破ろうとすればそれ相応の傷を負う」


晴明が助言すると氷雨は朔の腕を掴んだままひそりと声をかけた。


「やるんなら晴明が結界を解いてからだぞ」


「うるさい」


朔の目の中にたゆたう星のような妖気の塊がちかちかと光り、爆発的に妖気が膨らんできて木々がざわつき、大気が揺らぎ、黒い雲が湧き出て雷鳴が轟いた。

こちらの言葉が耳に届いているだけありがたく、本当は呼びたくないけれど――

本当は絶対に呼びたくないのだけれど――

とうとう氷雨は最終手段に打って出た。


「朔、やめるんだ」


「……今…俺の真名を呼んだか?」


「ああ。朔、言うこと聞かないと絶交だぞ。これから口聞いてやんねえからな」


朔が一瞬ぽかんとした顔をした。

その後じわじわ微笑が浮かんできて、妖気が徐々に収まってきて目の中の光も小さくなってきた。


「絶交、か。それは避けたい」


「だろ?なら落ち着けって。俺の言うこと聞けよ」


「ふん、偉そうに」


朔が我に返り、一同、ほっ。

そしてようやく、冷静な心で流水に向き直った。