おかしい、と思った。

記憶を食っても食っても何度も何度もあの憎い男を好いてしまう母――

どうして自分は一番になれないのか?

どうして、どうして――


「ん?また角が丸くなったな。いや、つーか…短くなったのか?」


氷雨は睨み上げてくる望に臆することなく、朧の膝に抱かれて唸り声さえ上げそうな望の角を覗き込んだ。


「そ、そう思いますか?実は私もそうなんじゃないかなと思ってて…」


至近距離で氷雨の美貌を見てどきどきしてしまった朧が言葉を詰まらせながら望の角を撫でると、尖っていた目が閉じて気持ちよさそうにしていた。

鬼族の赤子は幼い頃は角が剥き出しで、ある程度成長すると自身の意思で隠すことができるようになる。

朔たちは半妖だがちゃんと角はあり、氷雨は朧の額をちょんと突いた。


「そう言えばお前も小さい頃は角撫でてやるとうっとりしてたっけなー」


「!角を触るなんて、助平!」


はははと笑い声を上げた氷雨は、縁側に寄って庭を眺めている天満の隣に座った。

周辺には未だに望の父と思しき者の気配があり、あちらから仕掛けてくる様子はまるでない。

だが警戒を怠らない天満はただのんびり寛いでいるように見せながらも、終始気を探っていた。


「天満、どうだ?」


「うん、居るけど居ないみたいなもんだね。取り返しに来たのかな」


「それが分かんねえんだよな。鬼憑きの半妖はあまり例がないからこれが普通なのか分かんねえんだけど、角がどんどん小さくなってきてるんだ」


「ふうん?そのまま消えてくれれば人と共存できるのかもね」


なるほど、と呟いた氷雨は、また晴明に文を書いた。

人と共存――それが実現したならば、朧と引き離すことは変わらないが、幽玄町で生きてゆけるかもしれない。

そう願い、文にしたためた。