伊能は人里に住む者たちをうまく先導できているらしく、泉を埋めていた土砂は日に日に減っていた。

朔たちはその様子を妖力を極限まで消して毎日見に行っていたのだが、朧は毎回一緒について行くと言って聞かず、寝込むことは少なくなっていた。


「俺たちが手伝えば格段に早く済むんだが」


「駄目だぞ主さま。主さまみたくいい男で明らかに人じゃないのが目の前に現れたらみんな固まっちまう。いくら俺たちみたく人に対して友好的な妖でも、あっちはそう思ってくれないことも多いんだ」


「分かってる」


氷雨に諭されてふてくされた表情になった朔は珍しく、それは百鬼たちの前では消して見せない類の表情だ。

それを不思議に思った朧は、氷雨の前だからこそ見せる表情だと気付いて、猫又を朔に寄せてこそりと話しかけた。


「朔兄様は雪男さんを信頼されているんですね」


「うん、俺は弟妹たちの中で最も長く雪男と共に時を過ごしたから。第二の父や、居ないはずの兄みたいな存在…おい、こっちを見るな」


ひそひそ話が聞こえたのか、にやにやしている氷雨に気付いた朔が殺気を飛ばすと、氷雨は肩を竦めて離れて行った。


「私、あの方の一切の記憶がないんですけど…あの…その…とても気になって…」


「いい男だから仕方ないよ。お前が気になってるって伝えてやろうか?」


「!い、いえ!ちゃんと自分で言えますからっ」


「最近お前の体調が良くなってきてるから嬉しいんだ。お前があいつを好きなのなら間に入ってやってもいい」


「やだ!朔兄様たら!」


ばしっと腕を叩かれて笑った朔は、愛しい末妹の肩を抱き寄せて眼下を見下ろした。


「もうすぐきっと全快できる。俺はお前の恋路を応援するよ」


「もう…気になるだけですってば…」


それが恋なんだよ、と教えてやりたかったが、氷雨をちらちら見ている朧が毎日氷雨に恋をしている様は毎日奇跡を見せられているようで嬉しくて、いつも以上に妹を溺愛して氷雨を呆れさせた。