朔を守らなくてはいけないため、あまり睡眠を取ることのない氷雨でも多少は寝なくてはいけない。

鬼陸奥には天満が常駐しているため、少し気の緩んだ氷雨はいつもより深い眠りに入っていて、傍にある気配に気付かなかった。


「…きれい…」


客間で床も敷かず固い畳の上に横になっていた氷雨の傍に座った朧は、真っ白でいて長いまつ毛にどうしても触れたくなり、手を伸ばしたり引っ込めたり忙しなくしていた。

触れると凍傷を負う――では髪くらいなら大丈夫かもしれない。

意を決して氷雨の頬にかかっていた真っ青な髪に触れると、すぐ指の隙間からさらさら零れていき、その美しさに息を呑んで硬直した。


「なんなの…こんなきれいな男の人…初めて見た…」


力のある妖は総じて外見が美しい。

兄である朔や天満、輝夜など力に恵まれた鬼頭家の者は全員が美しかったが――この男は、何かが違う。

妙に胸が高鳴って自分はやはり病に罹っているのだ、大人しくしなければならないと胸を押さえながら立ち上がろうとすると――くん、と袖を引っ張られた。


「んん…?朧…?」


「あっ、あの、これは別に…その…」


「寝てる男を触るなんて、そんなやらしい女に育てたつもりはないぜ」


「!や、やらしいなんてっ!違います!」


慌てふためく朧の袖を離した氷雨が欠伸をしながら半身起き上がると、朧は筋張っていてごつごつしていて大きな手で髪をかき上げた氷雨のその手をつい凝視した。


「で?なんか用か?」


「用っていうか…気になることがあったから訊こうかなって…」


「ん、だから何だ?」


…あなたが好きな方はどんな女ですか?


――そう訊きたかったけれど、氷雨の真っ青な目に見つめられて緊張して声が出なかった。