朧の話を聞く限りでは、忘れているのは本当に氷雨のことだけだった。

その存在は最初から無かったことになっており、幼い頃に誰から育てられたか――力の使い方を誰に教わったか、一切を忘れていた。

だが氷雨のことを何もかも忘れていても、いちからまた惚れるのかもしれない――そう考えると、やはりふたりは何度同じ目に遭ってもまた手を取り合う存在なのではないかと思い、神々しくも思えた。


「朔兄様、あの…雪男さんは…とても優しい方ですね」


「うん、でも怒らせると怖いから気を付けて。まあ滅多に怒らないけど」


「それにとても優しくて…」


「あいつは誰にでも優しい。だから女によく惚れられるけど、でもあいつ…」


敢えてそこで言葉を切った。

身を乗り出す朧に対して、今度は天満が外にちらりと目を遣りながら小さく笑った。


「雪男には惚れた女が居るから」


「…えっ!?」


思わず素っ頓狂な声を上げた朧が慌てて両手で口を塞ぐと、兄たちはひそりと笑いつつ目を見開いている朧の心が揺れていることに手応えを感じていた。


氷雨は今少しだけ仮眠を取っていて居間には居らず、氷雨が朧に何の情報も与えていないことを知っていた朔たちは、少しずつ情報を小出しにしていた。


「惚れ抜いてるから他の女なんか目もくれない。俺たちは…雪男の恋がうまくいけばいいなと思ってるんだ」


「そ…うですか…」


明らかにしゅんとした朧だったが、両親から積極性を受け継いでいた。

気になるのだから、本人から色々聞き出してやる――

もう恋をしていることには気付かず、色々な意味で燃えていた。