朧が眠った後居間に戻った氷雨は、朔と天満の間に座ってため息をついた。


「打つ手がなくなったかな」


「そうでもない。俺たちの周りをうろうろしてる奴をおびき出せばいい」


意外というか…冷静で穏やかに見えてかなり血の気の多い朔の提案に大きく首を振った氷雨は、ひとつの可能性に言及した。


「望を使っておびき出すって言うんだろ?それをやっちまうと朧にどう影響するか分からない。今でさえ話すのもやっとなんだ」


「そうだね、朧が取り乱して最悪の事態になるかもしれない。朔兄、違う方法を考えましょう」


腕を組んで少し考え込んだ朔は、天満の肩に手を置いて美麗な顔を近付けた。


「伊能を派遣するにあたって人である彼の身も守ってやらないといけない。泉の復旧まで滞在したいんだが、いいか?」


「!それはもちろん!僕は大歓迎ですよ。でも父様たちはどうします?」


「朧の命運が懸かっているんだ、許して下さる。俺が百鬼夜行に出ている間、雪男と共に朧を守ってくれ」


「はい」


――三人が結託していた時、朧が眠っている部屋の片隅に置かれていた揺り籠が大きく揺らいだ。

ぼとりと音を立てて揺り籠から這い出した赤子――望は、何度もよろめきつつ、自らの足で立ち上がってよたよたしながら朧に近付いた。


この母は――またあの男に夢中になってしまった。

一番であるべきなのは自分で、自分だけ愛すればいいのに。

だから何度あの男に夢中になっても、その記憶を食って…無いことにしてやろう。


「ん……」


布団に潜り込んでその豊満な胸に頬を寄せて抱き着いた。

産んでくれた実の母のことは覚えていない。

もちろん父のことも、覚えていない。

庇護してくれるのは、この優しいふたり目の母だけ。


だから――あの男に夢中になる度、何度だって忘れさせる。

何度だって。