氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

先に様子を見に行った氷雨はいつまで経っても戻って来なかった。

上空で待機していた朔は、常に氷雨の気を探っていてどこへ移動しても分かるようにしていたのだが――ある一定位置から動いた様子はない。


「よし、下りよう」


当主の朔に何かあっては一大事。

天満が先行して茂みを避けるようにして下降すると、氷雨の姿はすぐ見つかった。

その後ろ姿が茫然としているように見えて歩み寄った天満は――


「枯れてる…?」


「ああ、枯れてる」


話では滾々と泉が沸いていると言っていたが、実際は底には大きく亀裂が入っていて泉があった形跡はない。

後を追ってきた朔は、朧を腕に抱いたまま空の泉を見下ろして氷雨を見遣った。


「どうする?」


「水脈を追ってみる」


底に下りた氷雨は亀裂に掌をあてて目を閉じて意識を集中した。

…掌から微かに水が移動している振動が伝わってきた。

水脈は死んでいないと判断した氷雨は、腰を上げて振り返った。


「天満、この辺最近なんかあったか?」


「え?ええと…確か地震があったみたいだけど…まさかそのせいで泉が枯れたってこと?」


「多分な。この亀裂さえ埋めることができたら復活するかもしれないけど…それじゃ時間がかかりすぎる」


――そう、朧の体力はもう限界を迎えようとしている。

復旧を待っているわけにもいかず、現に朧の顔色は真っ白で、少しの猶予もなかった。


「一縷の望みを賭けて伊能を派遣する。近隣の人里に話を通してもらって修復を急がせよう」


「主さま、頼む」


氷雨は銀が脇に抱えている望を見つめた。

じっと黙り込んでいるその様子はとても不吉で、今もなお朧に向かって手を伸ばしていて強い執着が見受けられた。


「とりあえず天満の家に戻ろう。で、今後のことを話し合おう」


肌に直接触れないように気を付けながら朔から朧を受け取った。

もし…もし朧を失ったら自分はどうなるのだろうか?


結論は知っていたけれど、それもいいかもしれない――と思っていた。