氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

それぞれの守備範囲はとても広く、移動は順調に行われていた。

以前先代たちが泉へ行ったのはもう結構前のことで、もちろん朔たちが訪れるのははじめてのことだ。

詳細に場所を把握していた氷雨は、朧を抱き上げたまま移動していた。


「んーと、この辺だったはずなんだけど」


「あ、あの…」


「ん?」


「あの…私…その…重たくないですか?」


妙なことを気にする朧の顔は赤く、氷雨は肩を竦めてそれを否定した。


「や、全然。抱いてんのも分からない位軽いから話しかけてもらって助かったよ。忘れて落としそうになっちまった」


恥じらって俯く朧は相変わらず可愛らしく、頬は緩みそうになった氷雨は表情を引き締めて眼下を見下ろした。


「なんか変な感じなんだよな。妖が近付けないほど空気が澄んでるって聞いてたけど…」


「雪男、どうした?」


後方からついて来ていた朔たちと合流した氷雨は、眼下を指して真っ青な目を細めた。


「敵の気配はないけど、変な感じはする。先に見に行ってくるから朧を頼む」


朧を朔に預けた氷雨はそのまま下降して泉を目指したが――ますます嫌な予感はしていた。

泉は神聖なもので、人にとって害はなく、妖にとっては噂ではあるが、泉に入ると死に至るというものや、特性を剥がされて矮小な存在と成り果ててしまう――という噂もある。

先代はそんな噂を信じているわけではないけれど、息子や娘に何かあってはいけないと氷雨に重々言い聞かせていた。


「おかしいな…やっぱりおかしいぞ」


――その予感は、的中していた。