氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

せっかく記憶を食ったのに――またあの男に興味を持ってしまう。

自分にだけ興味を持っていればいいのに――と不満を覚えた望は、朧にくっついて離れたくなかったのに、天満に無理矢理引き剥がされて揺り籠に入れられた。


「さ、ちょっと我慢してもらおうかな」


もちろん離れたくなくて大声を上げて泣いたものの、皆が聞こえていないかのように無視してくる。

これからどこかへ連れて行かれて何かされる…そこまでは肌で感じていた。

何かに追われているのも、知っていた。

まだひ弱なこの身では自分自身を守れるはずもなく、癪だがこの男たちに守ってもらう他ない。

幸い腕が立つようだし、母も守ってくれるはず――あの男に抱きかかえられて嬉しそうにしているのが腹が立つけれど。


「場所は覚えてる。あれは一大事件だったからな」


「そうだねえ、僕たち母様からその話聞いてるけど父様は一切教えてくれないもんね」


天満がはははと笑ったが、当時は笑いごとではなかった。

歯切れ悪く笑った氷雨は、移動中朧がずっと胸元を握ってきてちらちら見ていることに気付いていたが、敢えて目を合わせないようにしていた。

夫婦だったこと、今まで共に紡いできた時――今の朧は全て忘れている。

自分たちはこういう関係だったのだと自分から伝えるのは違うのではないかと思っていた氷雨は、自身の情報を朧にほとんど与えていなかった。


「よし、出発するぞ。俺が先導するから銀は主さまを後方で守れ」


「ああ分かっている」


「じゃあ僕は朧車に乗せてる赤ちゃんを守るよ」


泉に向けて、鬼陸奥を発った。