氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

朔が起きて来ると、氷雨はとても自然に立ち上がって朔を出迎え、とても自然に朔を座らせて茶を差し出した。

その一連の動作を少し離れた所から実は今までずっと氷雨を観察していた朧は、本当にこの男が自分たちにとって居て当然の存在なのだと知った。


「で、先代は主さまたちを泉に近付けさせたくないって言ってたから、一緒に来てもいいけど絶対近付くなよ」


「そんなの‟泉に近付きませんでした”って言えばどうにでもなる」


「おいおい、俺を困らせるなよ。いいか、絶対駄目だからな。天満、この我が儘坊主をちゃんと見張っとけよ」


「ええー?僕にできるかなあ」


…全くもって頼りない。

ため息をついた氷雨は、凝視ではないがずっとこちらを見ている朧の腕に抱かれつつも相変わらずの敵意むき出しな望を指した。


「そいつをどうにかしないといけない。朧、その時は一瞬だけでいいから望を預かるぜ」


「は、はい」


望が嫌がる素振りを見せたが、朔たちの意思は固く、また妖の頂点でもある朔が氷雨の意見に従っていることから、自分だけが我が儘を言うわけにはいかない。

――また朔と天満も朧が氷雨を気にしていることに気付いていた。

密かに目配せしたふたりは、皆で食卓を囲みながら自然にそれを命令した。


「朧は足腰が弱っていて危なっかしいから、泉までお前が運べ」


「はっ?なんで?朧車が…」


「朧車が狙われたらどうする。俺たちが囲んでおけば何の心配もない」


「そうだよ、銀も居るし、向かう所敵なしだね」


言いくるめられた感がすごかったが、氷雨はちらりと所在なげにしている朧を見て肩で息をついた。


「分かった。朧、それでいいか?」


「私は…はい、もちろん」


――氷雨の真っ青な目に見つめられるだけで胸がときめいてしまう。

朧が胸の高鳴りを感じる度に――腕の中の望の氷雨への敵意は増していった。