氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

明らかに意識されているのは最初から分かっていた。

あまり大きい声では言えないが、かつては雪女と気の向くままに関係を持っていたため、女たちが自分に向ける視線の意味を十分よく知っていた。


「私は何故あなたのことだけ忘れているんでしょう」


「なんでだと思う?」


逆に問われた朧は、今だ混乱が続く中必死に考えた。

…兄たちは、この男をとても慕っているし、ここまで育ててくれた――と言った。

ということは、きっと自分もこの男に育てられ、時を共に過ごしたはずだ。

それに――こんなきれいな男、一度見たら目に焼き付いて忘れられるわけがないはず。


「なんでって…」


「俺はさ、お前たちの教育係だったんだ。だからなんでも知ってるし、いつだって力になる。だけど忘れられたことに関しては手伝えない。なんとか自分で思い出してくれ」


若干突き放された感を覚えた朧が俯くと、氷雨はにかっと笑って朧を幾分安心させた。


「今はとりあえずお前の体調が心配なんだ。だから主さまが起きたら移動して泉に向かおう。そこできっと好転するはずだから」


「はい…」


自分も少し眠ろうと朧が立ち上がった時――身体の力が入らずによろめいた。

咄嗟に動いた氷雨が腰を抱いて身体を支えると、朧は目を見開いて氷雨を見上げた。


この手を、知っている気がする。


びりびりと雷が走るような衝撃が身体中に走って動けずにいる朧からそっと離れた氷雨は、頬をかいて苦笑した。


「俺雪男だから触れると凍傷になるぜ。俺も気を付けるけどお前も気を付けてな」


――そんなこと、どうだっていい。

そう思ったけれど、困らせたくなくて、何かに震える手を摩りながら頷いた。