氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

「雪男」


庭に出て棚田を見つめていた氷雨の背中に声をかけた朔は、肩越しに振り返った氷雨の表情があまり落胆していないことに眉を上げた。


「もう気持ちを切り替えた。くよくよしてても解決しないしな。それより主さまが少し寝たら出発しよう。あの餓鬼を泉に浸けてどうなるか試さないと」


…周囲にはまだ何者かの気配が在った。

幽玄町を出てからずっと監視されていることには気付いていたため、朔は動揺せず氷雨の肩を叩いて一緒に中へ戻った。


「朧とどう接するつもりだ?」


「どうもしねえよ。いつもの通り。ただ…俺たちの間に今は何の関係性もないってだけ」


「…そうか。じゃあ少し寝る。起こしてくれ」


「了解」


一緒にずっと起きてくれていた天満にも寝るように言った後、氷雨はひとり居間に残って酒を飲んでいた。


「あーあ、ほんとに忘れやがって…。朧…いや、あの餓鬼許さねえからな」


望の処遇は決まっていない。

だが朧から引き離さなければいけないというのは満場一致の意見だったが、それが一番の難問であるためひとり考えていると――


「雪男…さん」


――そう呼ばれたことは、ほとんどない。

朧が小さな頃は息吹を倣って‟雪ちゃん”や‟お師匠様”と呼ばれていたため、苦笑しつつも振り返った氷雨は、柱に手を添えてまごつきながらこちらを見ている朧に軽く手を挙げた。


「よう、体調悪いんなら寝てた方がいいぜ」


「あの…私その…あなたのこと覚えてないみたいで…」


「あーうん、まあでも今んとこ問題ないから気にしなくていい。それよか寝てた方が…」


「ちょっとお話…してみたいです」


ちらちら目を上げてこちらを見ている朧。

何度でも惚れてもらえるように努力する――

もちろん、それを実践するつもりだった。