氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

さすがに参った感のある氷雨が‟空気を吸って来る”と外へ出ると、朔と天満は朧の元へ戻り、動揺している妹の頭を代わる代わる撫でた。


「あ、あの…さっきの青い髪の…その…綺麗な方は一体…」


「うん、あの男はね、俺たちの大切な仲間なんだ。お前は覚えてないんだね?」


「覚えてないって…どういうことですか?私はあの方を知っていたんですか?」


「今ちょっと記憶が混乱してるだけだよ。見ての通り雪男なんだけど、彼のこと以外は何か覚えてる?ゆっくりでいいから話してごらん」


天満に促された朧は、再び寝てしまった望の胸をとんとんしてやりながら頭の中を整理した。


「えっと…望の病気が治るからってここまで…。私も良くなるからって…」


「あながち間違ってはいないけど、それには今も同意してもらえるね?」


「はい。あの…どうして私はさっきの…雪男さんを忘れてるんですか?」


――雪男。

真名ではなく氷雨をそう呼んだ朧に朔と天満は気付かれないよう落胆しつつ、笑顔を繕った。


「きっと思い出すから大丈夫。お前は今混乱しているんだ。だから焦らなくていい」


ちょっと様子を見てくる、と朔が席を外すと、朧は天満の袖をきゅっと握って不安に濡れた目で見つめた。


「何も…何も覚えていないんです。雪男さん…さっき私を見てすごく…すごく悲しそうな顔してた。私は一体…」


「…僕たち家族にとってかけがえのない存在なんだ。僕たちをここまで育ててくれた。…彼とゆっくり話すといいよ。とてもいい男だから好きになっちゃうかもね」


冗談交じりにそう言ってみると、朧の頬が少し赤くなった。


…氷雨を忘れてしまったとしても、ほとんど言葉を交わしていないのにすでに気になる存在になっている――

光明を見出した。