氷雨の話を驚きを持って聞いていた。

自分は望に憑かれている――だとすれば、それは愛情からではないということなのだろうか?

憑かれているから愛しく感じるのか?


「お話は分かりました。でも…」


「鬼憑きとしての力が強すぎるんだ。このまま一緒に居るとお前がどうにかなっちまう。その泉に浸かればもしかしたら力が弱まるかもしれない。そうなったら…」


「そうなったら…これからも望を傍に置いてもいいですか?」


そう詰め寄った時――氷雨の表情が一瞬悲しそうに見えた。

すぐさまそれを隠したものの、朧は氷雨がそれを望んでいないことを読み取って俯いた。


――一番大切なのはもちろん氷雨だ。

自分自身でも徐々に身体が弱っていくのを感じているし、望が原因で夫婦関係が現在進行形で少しずつ破綻していっているのでは、と感じていた。

…この男との間に子でもできたならば、こんなことにはならなかったかもしれない。

子を腹に宿すことができないのはきっとこうして望に構いっきりの自分のせいなのだろう、と改めて思ったものの――望を傍から離すことができなかった。


「でも私…望むと離れたくなくて…」


「だから一緒に連れて行くって言ってんじゃん。泉に浸かることでそいつが死ぬわけじゃないし、俺はむしろ好転すると思ってる。…お前を失うわけにはいかないんだ。朧、分かってくれ」


氷雨を困らせている――

氷雨の弾けるような笑顔が大好きなのに、最近はそれを見ていないし、その原因は…自分だ。


「氷雨さん…私、困らせてますよね…?」


「…」


「朧、雪男だけの願いじゃない。俺や父様や母様たち全員が心配してる」


「朔兄様…」


今までは甘やかされていたから――配慮されていたから、誰も厳しいことを言ってこなかっただけ。


氷雨と朔に諭された朧は、何度も躊躇しながら頷いた。


「ごめんなさい…望をよろしくお願いします」


「ん、任せろ」


了承を得た氷雨は、すぐに動き始めた。