氷雨は十六夜と向き合った。

泉の場所は十六夜に訊くまでもなく知っていたし、一応義父となる十六夜に許しを得なければと小さく頭を下げた。


「主さまたちは連れて行かない。俺ひとりで行くから安心してくれ」


「…いや、それは駄目だ」


「へ?いやだって…あの泉は妖は怖がって近寄らないし、だからある意味安全…」


「万が一ということもある。朧とふたりの道中で襲われたらどうする。この屋敷に居るからいいものの、一歩外へ出ると鬼頭の者は常に危険にさらされる」


――悪事を働く妖を制裁することを生業にしているため、同朋から目の敵にされることも多い。

いくら氷雨が一騎当千の強さであるとはいえ、油断すると取り返しのつかないことになる。


「じゃあ途中まで…」


「あの泉は遥か北にある。…天満も連れて行け。あれも朧を心配している」


さすが過保護の最高峰。

はにかんだ氷雨は、背後でじっと黙っている朔を振り返ってはにかみ、笑った。


「じゃあ主さま、よろしく頼む」


「ん、後方は任せろ」


「後は…朧だな」


朧の同意が得られなければ、連れて行くことはできない。

だが今回ばかりは朧の命が懸かっているため、氷雨も意見を曲げるつもりはなく、朔と一緒に縁側で望をあやしている朧の元を訪れた。


「朧、ちょっと話があるんだ」


「はい?」


氷雨の姿を見るや否や望が朧にしがみつき、敵を見るような目つきで睨んできた。

朔はそんな望の首根っこを掴んで引き剥がすと、晴明が書いてくれた疳の虫止めの札を貼って泣き声が聞こえないようにした。


「とても大切な話なんだ。だからよく聞いてくれ」


「え…はい…なんですか?」


朧を説き伏せるため、朔とふたりで朧と向き合った。