十六夜は窮地に陥っていた。

目の前には至極真面目な顔をした朔が座り、朔の横には指で突くと破裂しそうなほど頰を膨らませた息吹が。

…今まで慎重に慎重を重ねて避けてきた過去の話を突き出されて平静を装えないでいた。


「な…何故そんな昔の話を…」


「お祖父様がもしかしたら朧を救う手立てになるかもしれないから訊いて来た方がいいと」


あいつ、と内心歯ぎしりをした十六夜は、息吹をちらりと見て腰を浮かした。


「ふたりで話…」


「私が居るといけないの?」


ーー人を妻にした以上、人は食わないと言っておきながら、身重の息吹を放って我を失っていた過去のある十六夜は、未だにこの件に関してちゃんとした許しを得られていない。


居心地悪そうに身じろぎする父を前に、朔は息吹に向き直って頭を下げた。


「母様…火急の案件なので」


「朔ちゃんがそう言うなら席を外すけど、十六夜さんは後で話がありますから」


「…分かった…」


息吹の気配が去るまで待った後、朔は晴明の案を話し、十六夜は黙って聞いていたものの、腕を組んだ。


「父親が妖なのだから、人に戻れる可能性は低いと思う。だが試してみるのもいいだろう。その論理でいえばお前たちも泉に入れば…」


「そうですね…ただの人になるかもしれない」


それは純粋に怖い、と思った。

人の寿命などたかが知れていて、迂闊に泉に近付けば想定外の出来事が起きるかもしれない。


「だから俺は息吹を泉に近付けなかった。できればお前たちにも関わってほしくない」


「俺が行くよ」


振り向くと、出入り口に氷雨が立っていた。

その真っ青な目には静かな光がたゆたい、何の曇りもなかった。


「俺が行って試して来る」


確かにそれは氷雨の役目だと思った朔は、頷いて小さく膝を叩いた。


「よし、お前に任せる」


妹を。