こんなに苦しい思いはしたことがない。

身体が重たくて泥のようで、頭はぼうっとしていて視界が霞み、氷雨に捕まっている指の感覚も危うかった。


「苦しそうだな。横になってろ」


「望は…」


「寝てる。ちゃんと世話しとくから早く元気になれよ」


氷雨が立ち上がろうとした時、離れ難かった朧は手を伸ばして氷雨の袖を握った。

本当はずっと傍に居てやりたかったのだが、それでは朧がゆっくり休めないため、氷雨は朧に体重をかけないようゆっくり覆い被さってその可憐な唇に優しく唇を重ねた。


「何もかも熱いな。もし風邪だったならこれで俺に移るといいのに」


「ふふ…移ったら氷雨さんが溶けちゃう」


「元気になったら続きしてやるから」


ぼうっとしつつも微笑んだ朧からなんとか離れて居間へ行くと、少し前から勘付いていたのだが、十六夜の傍には晴明が居た。

十二神将までも使役する万能なこの男が何を調べて掴んで来たのか――

出入り口で立ち止まっていると、朔から袖を引かれて晴明の元へ導かれて扇子をぱちぱち鳴らしている晴明の少し難しそうにしている顔をじっと見つめた。


「晴明、何か分かったか?」


「私なりに式神を能登へ向かわせたり、鬼についての文献を調べ漁って来た上での結論なのだが…よく聞きなさい」


氷雨がごくりと喉を鳴らすと、晴明は狩衣の懐から一冊の書物を取り出して氷雨に手渡した。


「あの赤子の父は鬼。それは間違いないだろう。だが人食いではなく、人の生気を吸う類の性質の鬼であることが推測される」


「生気…」


「鬼にも種類がある。ちなみに十六夜の祖は鬼の中でも始祖に近く飲食をせずとも生きてゆける。だが望の父は…‟鬼憑き”だ」


「鬼…憑き?」


「肉ではなく対象の生気を取り込んで生きている類の鬼だ。能登の集落で惨殺された者たちの骸を調べて来たのだが、臓物を齧られていたから赤子の父ではないだろう」


――ますます訳が分からない。

だがそうなれば、朧は――


「望が朧の生気を取り込んでるってことか…?」


「私の推測が正しければ、そうだね」


一刻も早く離さなければ。

朧の元へ行こうと腰を浮かしかけた時――それよりも早く動いた男が居た。