氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

「そもそものきっかけは、人里にしばしば妖が現れる、という人の噂話を耳にしたことでした」


責任を感じて縮こまってしまった如月を案じた泉が傍に座り、十六夜や朔、氷雨は真面目な顔をしつつも如月が委縮しないよう口の端には笑みを浮かべて話を聞いていた。


「それがあの人里だな?」


「はい。ですが、子が産まれていたまでは知らず…。もしやとは思っていたのです。その妖も時々しか姿を見せないと言っていましたし、ちょうど朔兄様が滞在していたので…申し訳ありません」


「いや、お前が謝ることはない。結果あの赤子はその妖とやらが父なんだろう。問題は…どんな力を宿しているか、ということだ」


半妖は父と母双方からの良い資質を受け継ぐ。

父の資質を受け継いだとなれば――あの人里の様子からして人食いの鬼であることは間違いない。

だが朧の様子は――それには当てはまらない。


「朧は記憶が曖昧で、しかも今まで患ったことのない人の病に罹っている。望が原因であることは恐らく間違いないのに、どういうことだ?」


「…しかも俺に関してだけの記憶が曖昧だ」


ぼそりと呟いた氷雨に皆の視線が集まった。

顔を上げた氷雨ははにかんで頬をかいた。


「もしかして…いずれあいつの手が熱いと感じてしまう日が来るんじゃ…」


――想いが通じ合っていれば、例え種族が違っていても相手を凍らせることはない。

だが想いが離れれば――?


「だから後ろ向きなことばかり考えるなと言っている。とにかく朧に会いに行こう」


腰の重い氷雨の袖を引っ張って立ち上がらせた朔は、引きずるようにして朧が寝ている部屋に氷雨を連れ込んだ。

そこには朧の様子を見てくれていた息吹が居たが――唇に指をあてて静かにするよう合図してきた。


「ちょっと熱が高くて…もう少し眠らせてあげて」


――どんどん弱ってきている。

胸が痛くなって締め付けられて、息切れのようなものを覚えた氷雨は胸元を握り締めてよろめいた。