氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

晴明の内診は長い間続いた。

朧の脈拍は速く熱があり、時折咳をしては身震いしていた。

だがその身震いは寒さからではなく――恐怖が端を発するものだった。


「お祖父様…私はどこかおかしいんですよね…!?でなければ私が氷雨さんを忘れるなんて…っ」


「…今の所おかしな所は、そなたが風邪気味ということだけだね」


「風邪…?」


今まで風邪など引いたことがなく怪訝な表情になった朧に丁寧に浴衣や羽織を着こませた晴明は、湯で手を洗って腰を上げた。


「ひとまず薬を煎じる故それを飲んで寝ていなさい」


「あの、氷雨さんは…」


「何も心配しなくていいんだよ、雪男はそなたが心配で不安が募っているだけ。薬を飲むとすぐ眠たくなるからね、必ず横になっているように」


かたかた震えている朧を残して部屋を出た晴明は、居間の縁側に座って微動だにしない氷雨の後姿を立ったまま見つめていた。

隣には朔がぴったり張り付くようにして座っていたが、どう声をかければいいのか分からないようで、目が合うと小さく首を振った。


「やはりあれは風邪だねえ。息吹も引いたことがないのにどうしたものか」


何事もなかったかのようにのんびりした声で少し離れた場所に座った晴明は、肩越しに振り返った氷雨の真っ青な目に浮かぶ朧と全く同じ不安の色を見て袖をひらひら振った。


「半妖故、人の病に罹ることもあろう。問題は記憶の方だけれど…そちらの方は調べるのに時間がかかりそうだ」


「望…が原因でしょうか?」


「今までなかったことが続いている。そう考えるのが自然だろうね」


「…」


明朗快活な氷雨が一言も発さない。

朔はこのまま氷雨が雪になって消えてしまいそうな気がして氷雨の袖を握って離さず、晴明は一旦平安町の屋敷に戻って文献を探さなければと屋敷を後にした。