氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

しばらく経った時――朧が自身のくしゃみで目を覚ました。

すると周りには朔や晴明が座っていて、ぼんやりしながら目を擦った。


「朔兄様とお祖父様…それに……」


誰だろうか?

真っ青なさらさらの髪に真っ青な少し切れ長の目…真っ白な肌全てが眩しいほど美しく、目を奪われた。


「朧…」


その男に真名を呼ばれてはっとなり、この美しい男は自分の夫だと思い出して両手で口を覆って顔面蒼白になった。


「氷雨さ…っ」


「…よく寝てたな。疲れが溜まってるみたいだから、晴明にちょっと診てもらった方がいい」


押し黙っている朔と晴明を残して腰を上げた氷雨に縋るような目で見つめた朧だったが、氷雨は目を伏せて振り切るようにして部屋を出て行った。


「私…私今…氷雨さんが一瞬…」


「…そうだね、一瞬他人を見るような目で雪男を見たね。雪男だけが認識できなかったのかな?私や朔のことは?」


不安や恐怖からくる震えが止まらず、朔に身体を支えてもらって身体を起こした朧は、唇を震わせながら信じられない思いで、つっと涙を流した。


「分からなかったんです…一瞬だけど、私…氷雨さんのことが分からなかった…!」


朔と晴明はちらりと目配せをして代わる代わる怯えて震える朧の頭を撫でた。


「思い出せたのだから良しとしないかい?私と朔が必ず原因を突き止めてあげるから、そなたの身体に異常がないか一度よく診せてほしい」


「はい…はい…」


朧の傍には揺り籠があり、望が大人しくしていた。

恐らくは、‟これ”が原因――

そうでなければ、朧が魂から愛した男を一瞬でも忘れるはずがないのだから。