氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

「朧がそなたを見知らぬ者を見るかのような目で見た?寝ぼけていただけでは?」


「それならいいんだけど…ちょっと嫌な予感がしたから気になってさ」


――氷雨の直感はよく当たる。

元々警戒を怠らない男が相談に来たことでそれを一蹴する晴明でもなく、冷茶を出しながら腕を組んで首を傾げた。


「望と名付けたあの赤子におかしな様子は見当たらぬが…確かに最近の朧は少々…少々ではないな、かなり疲れている様子。そなたちゃんと休ませているのだろうね?」


「は?どういう意味…」


「子作りに精を出しすぎているとか」


「ないない!だってあいつほんと疲れてて…横になるとすぐ寝ちまうし、俺の我が儘で起こすわけにもいかないだろ」


…晴明とて氷雨と朧の子は早く見たい。

どちらに似ても強く美しい子であることは疑いようがなく、現在子作りもままならないほど朧が疲弊しているのは、ある意味大問題だ。


「まめに診ているつもりだったけれど問題なかったはずなのだが…どれ、一緒に様子を見に行こうか」


「頼む」


そうやって氷雨と晴明が席を立ったのを見ていた朔は、話にこそ加わらなかったものの、会話の内容は聞こえていた。

廊下を歩くふたりの後ろを距離を置きながら追いかけていると、晴明が肩越しに振り返って微笑んだ。


「やあ朔、来ると思っていたよ」


「朧の様子が変だと小耳に挟んだので、俺もいいですか?」


「もちろんだとも。過保護三人に囲まれて困っている朧の顔が目に浮かぶようだよ」


晴明と朔は笑っていたが――氷雨は表情を崩さなかった。

あの違和感を拭うことができなかったから。