朔が帰ってくるまで朧とごろごろしていた氷雨は、こうして何の警戒もせずゆるりと過ごせていることに若干の物足りなさを感じていた。

まだ隠棲するには自分には早い。

気を張り、時々百鬼夜行に連れて行ってもらって刀を振ることで生死を賭けた戦いの最中に身を置きたいと思ったことに今更ながら気付き、腕枕をしてやっていた朧の頬を突いた。


「幽玄町に戻ったら…ていうか主さまが無事嫁を貰って子ができて…そうなるまで俺多分裏方には回らないけどいいか?」


「え、突然どうしたんですか?」


「んー…いや、でも待て…俺たちに子ができたら俺も世話したいし傍に居てやりたいし…そうなるとせっかく主さまが建ててくれた家にもあんまり帰れ…」


「ま、待って下さい、どうしたの?」


肘をついて起き上がった朧の目が真ん丸になっていて、そこではっとした氷雨は手を引っ張ってまた寝かせると、朧の額を撫でた。


「俺がまだ若いって話!」


「確かに氷雨さんは歳がいくつか分からないほど若く見えますもんね」


「俺たち妖にとっては年齢っていう概念はほとんどないからな。長く生きてれば強くなるし、すぐ死ねば弱い」


「あの…そこ触るのやめて下さい…」


――朧は人と鬼の間に産まれた半妖であり、本来は額の左右に角がある。

普段は隠れているが、そこを触られると気持ち良くてうっとりしてしまうし扇情的な気分にもなってしまうため、氷雨の手を取ってかぷりと噛みついた。


「気持ちいいんだろ?お前も主さまも赤子の頃は角が見えててさあ、すげえ可愛くて…」


「やんっ、もうやめて下さ…」


じゃれていると、庭に静かに降り立つ何者かの気配がした。

すぐさまがばっと起き上がった氷雨がわき目も振らずに庭に飛び出すと、朧は肩で息をついてまたころんと寝転んだ。


「私が氷雨さんの一番になる日はまだまだ遠いみたい」


だが、それもまたいいかと思っていた。