あったかい部屋、椅子に座るときゅうにほっと力が抜けた。
私の代わりに彼が状況を説明してくれる。
体調のすぐれない私は、別室受験をさせてもらえることになった。
結局、ぎりぎりのところで試験開始時刻に間に合った私たち。彼は、みんなと同じ教室で試験を受けるため、慌ただしく保健室を去っていこうとする。
「あのっ」
どうしても、ひとことお礼が言いたくて、離れていく背中に声をかけると彼はくるりと振り向いて。
私の手のひらに、ころん、と何かを乗せた。
「合格するおまじない、かけておいたから」
ふわり、笑う。
「えっ」
「絶対大丈夫。頑張ろ」
呆然とする私をおいて、颯爽と扉の向こうへ消えていく。
お礼のひとつも言えなかった私の手のなかに残されたのは、金色にきらめくキャンディ。
ハチミツ味。
なんの変哲もない飴が宝石のようにきらきらしていた。
陽だまりのような笑顔と、キャンディと。
名前も知らない彼に憧れるには、それだけでじゅうぶんだった。