ランチから戻り席に着いた瞬間、スカイプが届いた。
【チョコ、ちょーだい】
送り主は森戸だった。え‥‥お菓子のこと?バレンタインのチョコのこと?どっちにしろ今森戸にあげれるお菓子は、ない。
【今お菓子、持ってないよ】
【一昨日持ってたあのチョコでいい。まだあるなら】
“で”いい、ってなによ!あれ1500円なのよ一粒!でいい、と言われるくらいの気軽なものではない(わたしの中では)。
【頼むよ】
何?一昨日わたしから奪おうとしたとき、本当は高いチョコだって気づいて強請ってきたわけ?はぁ‥‥一つはわたしのもののつもりだったけど。
【わかった!その代わり、もっっっと美味しいお菓子、今度買ってきて。あれ高いんだから!ホワイトデーは死ぬほど高いお返しちょうだい】
【美味しい店見つけたからそこ連れて行ってやるよ】
【それは面倒くさいから、いい】
【冷めてんな‥‥】
そんな返信が来たかと思えば、もう直ぐ後ろに森戸がいた。
「くれ」
「はぁ‥‥もう、本当にあげたくないんだからね」
「ひでーなぁ」
「でも、あげるんだから。ホワイトデーは期待してます!」
渡した瞬間、オフィスに望月さんが戻ってきた。こっちを見ていて焦った。
勘違いされたらどうしよう‥。そう思ったけど、望月さんに勘違いされてもなんでもいいんだった。好きな人が、いるんだった。
森戸の嬉しそうな背中を見て、しょんぼりした。本当はわたしが食べるつもりだったのに‥。でも、望月さんにはもう渡せないかもしれない。望月さん用に買ったチョコをもしかしたら自分で食べることになるのかも。
そう思うと、またしょんぼり。
バレンタインだからと望月さんが話しかけてくれるわけでも話しに行くわけでもなく、業務時間は過ぎていく。
定時の18時を回ったところで、わたしは望月さんにチョコをあげるのを完全に諦めた。
だって、今日、望月さんは好きな人をものにすると言っていた。きっともう‥‥付き合ったのかもしれない。
5年好きだったけれど、あっけなく‥終わった。
溜まっていた資料作成が終わった頃には結構みんな居なくて。外出先から直帰予定の森戸からラインが来ていることに気づいたのは、届いてから2時間後の19:30だった。
17:30に森戸から【今日飯行かね?】ときていて‥。
【ごめん今気づいた。仕事中はスカイプじゃないと気づかない。そしてごめん今日は予定あり】と返した。
オフィスをぐるっと見回すと、結構みんな帰っていて。まだ残っている望月さんとパッと目があった。
‥‥まだ残ってるんだ。彼女も、まだ残ってるのかな?そう思いながら軽く会釈すると、望月さんが席を立った。
わたしの方に歩いてくる。ただそれだけで胸が高鳴る。トクン、トクン‥‥。大好きなんだよね。望月さんのことを好きだと思うだけで高鳴るこの気持ちも感覚も、全てがこの5年、わたしの原動力だったんだよね。
「宮原さん、」
「は、はいっ」
「もう上がるの?よかったらご飯行かない?」
「え、え、えっ、えっ」
嘘じゃない。本当にこんなに吃った。こんな展開、予想外すぎて。本来なら自重すべきなのかもしれない。予定もないのに森戸の誘いを断って、付き合いたての望月さんとご飯に行くなんて‥‥。でも心とは裏腹。
「行きますっ」
そう、答えていた。

