「泣かないで」
涙をわざと溢れさせたいのか、嫌味かと思わせる程、優しい声で吾妻さんが囁く。
そして、彼の左手が、私の涙を拭った。
「なん、で……駄目なんですか……。お店で、もっと、お話しましょう、よ……。お店で会ったら、どうするんですか? 気まずいですよ、ぜっ、たい……。私、店長のお店、大好きだから、絶対、行くの、止めませんから、ね……」
意図していなくても、徐々に、嗚咽が激しくなる。
「困ったな」
ほら、恩人を困らせてる。
分かっているけど、止まらない。
今まで、去る者は追わない性格だと思っていたけれど、この人だけは引き留めたい。
じゃないと、私は明日から石に成り果ててしまうかもしれないから。
鞄からハンカチを取り出し、目を押さえる。
「……っ、ごめんなさい。止まらなくて……」
「ごめんね、泣かせてちゃって。ねぇ、みさおさん」
「はい……」
顔も上げずに返事をする私に、困っている吾妻さんの声が聞こえる。
「俺の願望があるんだけど、聞いてくれる?」
「がん、ぼう……?」
「そう。みさおさんにしか、叶えられないこと。でも、このお願いで一番大事なのは、みさおさんの気持ち。自分を抑え込んでまで、叶えてもらっても、俺は少しも嬉しくないから」
鼻、口元にハンカチを当てて、目線をちゃんと吾妻さんに合わせる。
吾妻さんのお願いなら、ちゃんと聞こう。
私にしか出来ないことなら、尚更。
必ず、叶えてあげたい。
恩返しが出来るのなら。
「その、お願いって、何ですか」



