「もしかして、吾妻さん、体調悪いですか?」
「え? ううん。全く」
「そう、ですか」
なら、どうして動き出さないのか、とは思ってはいるが、どうも口に出せない。
だって、車が動き出したら、もう帰らなければならなくなる。
──もう少しだけ……。
私の良くない欲が漏れ出している。
だけど、それを覚られないように、静かに黙るしかない。
黙っていると、吾妻さんがハンドルに寄り掛かった。
そして、こちらを覗くように、少し顔を向ける。
目が合った瞬間、また胸が高鳴った。
その時に、思わず声が漏れてしまう。
「な、なん──」
「なんか……帰り難くて」
息が止まるかと思った。
吾妻さんも、私と同じことを考えていたなんて。
嬉しくて、息が上がりそうな程に、心臓がドキドキしている。
しかし、ここはあくまでも平静を装い、女優になりきる。
「……もう少し、話しましょうか」
「いい?」
「はい」
「やった」
吾妻さんは、シートに正しく座り直し、無邪気に笑った。
そんな風に嬉しそうにされると、むず痒い。
「じゃあ……いきなりなんだけど、ずっと気になってたこと。あれから、あの彼氏さんとは何も無かった? 大丈夫だった? 反感買ったりしてない?」
「何の問題もありません。ただ2人で話す機会があって……。彼の方から、ちゃんと教えてくれました。私のことをどう思っていたか、とか」
「そう」
「はい。ちゃんと向こうも分かってくれて、関係を蟠りなく、きっちりと清算できました」
私の晴れ晴れとした回答の様子に、吾妻さんは目を見開く。
「そんなに驚いて、どうしたんですか?」
「いや、なんか、憑き物が落ちたように表情が明るくなったから……何はともあれ、おめでとう」
控え目に拍手をする吾妻さんの祝福を、有り難く受け取る。
「全て、吾妻さんのお陰様です」
「……とんでもない」
「今日のお酒も、楽しく味わえました。御馳走様でした」
「いえいえ。そういえば、あのカクテル、どういう意味だったの。俺、聞いてないんだけど」



