甲高いヒールの音。

徐々に、距離を詰めてきているような気もする。

あまり気にしないようにして、そのまま歩く。

外に出たら、自然と抜いて行ってくれるだろう、と呑気に考えていた。



「あの」



突然、かけられた声は思ったよりも、近くから聞こえる。

驚き思わず、肩が跳ねた。

その声も聞き覚えがある。

私の足はその場で止まると、先程の甲高く気忙しかったヒールの音も聞こえなくなっていたため、彼女の音だったのだと察した。

冷や汗が垂れる。



「無視するんですか? 感じ悪」



反射的にとは言え、立ち止まってしまったからには、もう流せない。

諦めて、ゆっくり振り返る。



「……何か御用でしょうか」



努めて口角を上げて返すと、如何にも不機嫌そうに私を睨む、営業部のあの女の子が腕組みをして立っていた。

腕には、ビジネスバッグを掛けていて、これから外回りへと出発するらしい。

彼女は、彼女にとって先輩であるユウくんに、業務上の憧れとは違う好意を持っていたのだということは、鈍感な私でも何となく分かっている。

それなら、私が彼と赤の他人となった今、突っかかってくる必要も無い筈だ。

私に構わず、堂々とアプローチなり、何なりとしてもらった方が良いと思うのに。

不機嫌そうな表情を未だに変えない彼女は、更に1歩距離を詰める。

情けないことに、私の喉がゴクリと鳴った。

そして、私をじっとりと睨み、片方の眉を上げて、こう言った。



「先輩に何、言ったんですか」

「え」

「え、じゃなくて。先輩に何、言ったんですか、って聞いてるんですけど」

「特に、何も」



私が返すと、彼女はますます不機嫌を隠せなくなっていく。

日中の会社とは思えない程に、周囲が静まりかえっている。

まるで、私達のただならぬ雰囲気を察しているかのようだ。