「え。食べたい、食べたい」



勧めたものを、吾妻さんは頬張った。

目尻は下がり切って、だらしない、しかしながら、幸福そうな表情をする。



「ああ……旨いねぇ……」

「はい……とっても……」



難しく考えたりしなくても、こんなに幸福な気持ちになれる。

食べ物が美味しいから、それだけでは決してない。

このお気に入りの空間と、そして、正面に座る吾妻さんが居てこそ。

全て揃えば、まさに癒し、だ。

感嘆の溜め息を吐く。

すると、吾妻さんは次の料理を取りながら、言った。



「せっかく忘れてるところ、悪いんだけどさ、気になってたことがあるんだけど」

「何ですか」

「みさおさん、結局なんで、あんな嫉妬深そうな男に引っ掛かっちゃったの?」

「あ……」

「初めて今日、直接、喋ったから第一印象だけで、偏見みたくなるかもしれないけどさ。結構、面倒臭そうな人だね。あの人」

「あそこまで、威勢が凄いのは私も初めてで」

「そっか」

「はい。出会い方も、会社の飲み会で告白されて、それが初対面だったんですけど。お酒のせいで、私も正常な判断が出来ていなかったのかも」



そういえば、何故、私に声を掛けたのか、聞き損ねてしまった。

ユウくんが、あんなに言いあぐねる姿を見ると、ただならぬ理由がありそうで、少し身構えてしまう。

社員旅行のときも、仕事終わりに営業部を覗いたとき、階段の踊り場で見かけた浮気現場も。

全ての場面に、あの後輩の女の子が居た。

もしかしなくても、関係があるのかも。

でも、きっと、その真相も、もう知ることは出来ない。



「あ。あと、告白されて、私が『はい』って返事しちゃったのは、この歳で恋愛経験が無かったので、焦ってしまった、っていうのが一番ですね」

「焦る必要なんて無いと思うけど」

「アラサーで誰も隣に居ないとなると、いろいろ怖くなるんですよ。まぁ、もう良いんですけどね。彼とは、終わったので」

「終わってないよ」