羊かぶり☆ベイベー




ナイフが貫通した時、妙に冷静な自分が降りてきた。

──これ以上……引き延ばしちゃいけない。

「何となく」の中に、いつまでも収まっていちゃ、いけない。

好きじゃないのなら、無理矢理そこに収まって、納得している場合じゃないのよ、私。

私の分の豚肉を皿へと取り分け、鉄板の方をユウくんの前に置く。

彼は、それを黙って頬張った。

私も口に運ぶ。

弾力のある食感と、濃いソースが美味しさのあまり、脳を興奮させる。

いつもならば、この興奮をいち早く店長に伝えたくて、叫んでしまうところだ。

しかし、今はどうにも体が強張って、静かに食べるしかなかった。

私の前に座る彼は、何も言わず、ただ黙々と咀嚼することに集中している。

「美味しいね」の一言くらい交わして、食事を楽しみたいが、それも躊躇してしまう雰囲気だ。

楽しいとは、やはり言い難い。

普段から共通の話題が無かった為、今となっては、気まずささえも当たり前になっている。

共通のことが、ほぼ無いに等しい私たちは、どうして付き合うことになったのだったか。

彼との始まりは、どうだった?

会社の懇親会で、大して関わりも無い彼が突然、私に告白をしたのが始まりだ。



『気になってて……俺と付き合ってもらえない?』



何故、私なのだろう。

当時、アルコールの入った頭では、そうは思わなかった。

経費を使用した際の申請に来る姿を、たまに見掛けることはあったけれど、それ以上の絡みは無かった。

今思えば、何故、私も「はい」なんて言ってしまったのか。

お酒の力とは、全く怖い。

考えれば考える程、熱が冷めていく。

つい最近まで、あれ程、少しでも歩み寄れたらと奮闘していた私だったのに。

妙に気持ちが、落ち着き切っていた。

箸を静かに置く。

変に気持ちの起伏が現れることもなく、今になって浮かんできた、たった1つの疑問が今になって、すんなりと口に出来た。



「どうして、私だったの……?」