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約5時間前──
仕事も終わり、帰りの身仕度も終えた私は、久しく定時で帰れることに内心、浮き足立っていた。
帰ったら、何をしようか。
最近、付き合い始めた彼は今頃、何をしているだろうか。
夜ご飯に誘ってしまっても、迷惑ではないだろうか。
階段を下る足が、自然と弾む。
彼と連絡をとろうと鞄から、私の手はスマートフォンを取り出す。
そのときだった。
階段の踊り場に、壁に向かっている愛しい人の後ろ姿を見つけた。
『あ、ユウくん──
今よくよく思えば、声をかける前に、壁に向かって何をしているのか、その事を疑問に思うべきだった。
よく見れば、彼と壁の間には、小柄な女子社員がいる。
見てはいけないものを見てしまい、しばらく身動きがとれなかった。
しかし、自分自身でも不思議に思ったのは「悔しい」「悲しい」などという感情が出てこなかったこと。
その代わりと言ってはなんだけど、自身も知らないうちに、気持ちが声となって漏れ出た。
『……そりゃ、そうだ』



