私の首筋に顔を埋められて、彼の髪がくすぐったい。

辛うじて、そのくすぐったい感触は分かったが、あとは必死過ぎて、混乱していた。

こんなこと、止めてほしいのに。

こんな時ばかりは、必死な私にも、吾妻さんは気が付いてくれない。



「嫌……!」



声をやっとのことで振り絞ると、吾妻さんの動きが何の前触れもなく、ぴたりと止まった。

それはそれで、何だか怖い。

必死になって、抵抗して暴れていたので、改めて動きを止めたせいで、私の息が上がる。



「あ、あづ、吾妻さ……」



すると、私の両腕をがっちり掴み、引き剥がされた。

吾妻さんは顔を伏せたままで、表情を見ることは出来ない。

髪から覗く耳、首筋は真っ赤に染まっている。

しばらく黙っているだけだった吾妻さんは、唸り出した。

そして、唸りが止むと、その後、声はちゃんと言葉として聞き取れた。



「ごめん……」

「いえ……」

「本当にごめん。ちょっと頭、冷してくるわ」

「あ……」



ゆっくり立ち上がる吾妻さんを引き留めようとしたが、無視されてしまう。

すると、吾妻さんは出入口の襖の前で、1度足を止めた。



「みさおさん」

「は、はい」

「出来れば、俺が戻ってくる前に部屋、戻ってくれる?」

「え……」

「また俺、勝手なこと言ってるけど。お願いだから」



そう言い残して、出ていってしまった。

何か、男性のプライドを傷付けてしまっただろうか。

でも、あんなことされたら、私だって恥ずかしいし、焦ってしまう。

思い出すだけで、全身が熱くなってくる。

少し気まずい。

でも、お願いをされたので、素直に従うことにする。

とりあえず、空になった缶、おつまみの袋などのゴミだけは片していく。

そして、このまま去るのは、せっかく助けてもらったのに、恩知らずだ。

その上、あまりにも呆気ない。

せめて、旅館備え付けのメモ帳とボールペンを使って、置き手紙を残し、こっそり吾妻さんの部屋を後にした。