何かを考えている間にも、正面の三色信号は赤になり、車はゆっくりと停車する。
目線を信号から、また彼に戻したとき、吾妻さんと目が合った。
目を合わせたまま、吾妻さんは動かなくなる。
無言でのその表情は、どうやら頭を回しているようだ。
沈黙の中で見つめ合うことで、時間がゆっくり流れているように感じる。
この状況であっても正直、私から話しかけるつもりなど、皆無だった。
沈黙の後、ようやく吾妻さんが口を開いた。
「お名前は?何て言うの?」
「伊勢……です」
「『いせ』って、また珍しい……下の名前は?」
「……どうしても、教えないといけませんか」
「どうせだし、教えてよ」
「…………みさお、と言いますが」
「そんな嫌そうにしないでよ」
そう言われ、自分の手を眉間に持っていく。
本当だ、無意識に皺が寄っている。
いくら今が気楽でも、一番はじめの印象が強く残っていた。
グイグイと、こちらの領域に乗り込んできそうな勢い。
苦手だ。
私を知らなかったはずの人が、少しずつ私を知っていく。
この感覚が、堪らなく苦手。
身動きがとれなくなるから。



