羊かぶり☆ベイベー


何かを考えている間にも、正面の三色信号は赤になり、車はゆっくりと停車する。

目線を信号から、また彼に戻したとき、吾妻さんと目が合った。

目を合わせたまま、吾妻さんは動かなくなる。

無言でのその表情は、どうやら頭を回しているようだ。

沈黙の中で見つめ合うことで、時間がゆっくり流れているように感じる。

この状況であっても正直、私から話しかけるつもりなど、皆無だった。

沈黙の後、ようやく吾妻さんが口を開いた。



「お名前は?何て言うの?」

「伊勢……です」

「『いせ』って、また珍しい……下の名前は?」

「……どうしても、教えないといけませんか」

「どうせだし、教えてよ」

「…………みさお、と言いますが」

「そんな嫌そうにしないでよ」



そう言われ、自分の手を眉間に持っていく。

本当だ、無意識に皺が寄っている。

いくら今が気楽でも、一番はじめの印象が強く残っていた。

グイグイと、こちらの領域に乗り込んできそうな勢い。

苦手だ。

私を知らなかったはずの人が、少しずつ私を知っていく。

この感覚が、堪らなく苦手。

身動きがとれなくなるから。