わたし、BL声優になりました

 黒瀬が会計を済ませ、二人揃って外へ出る。
 
 だが、ゆらぎにはレストランで黒瀬と何を話して、何を食べたのかさえ思い出せないくらい心身共に疲弊していた。

 私は無事に最後まで『シライ』を演じることが出来ただろうか。そんな漠然とした不安に駆られ、一秒でも早くこの場を去りたい気持ちで一杯だった。

「今日はありがとうございました。とても楽しかったです。ではまた……」

 タクシーを待つ時間すらもどかしく感じ、ゆらぎは黒瀬への挨拶もそこそこに我先にと歩み出した。

 が、その左腕を黒瀬に掴まれてしまった。

 夜風に晒され、冷えていた体温が僅かに上昇していく。

「送って行く」

 レストランでの優しげだった黒瀬の雰囲気は、一転して酷く冷えた声音に変わっていた。

「で、でも……」

「いいから」

 どう、いうこと……?

 心のなかで、そんな言葉がぽつりと零れ落ちた。
 
 ついさっきまでは、あんなに穏やかに笑っていたというのに。
 
 黒瀬の突然の変化に焦りが生まれる。

 最後の最後で、私は何かしくじってしまったのだろうか。

 その有無を言わせない黒瀬の態度に驚き、ゆらぎは拒絶することも出来ないまま、二人は人波に紛れて歩き出した。

 途中、黒瀬に少し強引に肩を引き寄せられて、逃げ場を失う。突然の行動を怪訝に思い黒瀬を見上げると、彼はゆらぎの耳元でこう静かに囁いた。


「尾行されてる」

「なっ! むっ!!」

 思わず声を上げ掛けたが、黒瀬の手で口元を優しく塞がれた。