わたし、BL声優になりました

 俯いたまま、謝罪の言葉を述べる。

「別に気にしてないから」

 ゆらぎはその言葉にホッとし、黒瀬の向かい側に着席した。黒瀬は彼女の姿を見て感想を口にする。

「なんか、今日は雰囲気が違うな」

「え? そう、ですか」

「ああ。似合ってる。それと、俯いてるままだと暗く見える。堂々としていればいい」

 いつかのテーマパークの時と同じように、優しさを滲ませた声音で黒瀬は言う。

「お酒は必要?」

「いえ……出来ればソフトドリンクでお願いします」

「他に欲しいものはある? なければ、俺が適当にオーダーするけど」

「では、おまかせします」

 どうやらこのレストランには、メニュー表が無いらしい。ゆらぎが戸惑いを隠せずにいると、不意に黒瀬に声を掛けられる。

「緊張してる?」

「そう、ですね……。緊張してます」
 
 他愛ない会話をすれば、するほどにゆらぎはこの現実を受け入れざるを得なくなってしまった。

 ああ、これはきっと気づいてはいない。

 私が『白石』だということに。

 ゆらぎの言葉を聞いて、黒瀬は柔らかな笑みを浮かべている。

 けれど、その瞳に『私』は映ってはいない。

 ──『私』を見てはいない。

 そう理解した瞬間、何故だか言い様のない寂しさが込み上げてきた。

 きっと、心のどこかで期待していたのだろう。黒瀬先輩は気づいてくれるって。

 でも、そんな淡い期待は、いとも容易く断たれてしまった。

 タクシーの車内で、ウグイス先輩が言っていたのは、このことを見越しての言葉だったのか。

 失恋にも似た痛みが、ゆらぎの心をちくりと刺激した。

 ならば、私に出来るのは只一つ。
 最後の瞬間まで『シライ』を演じるだけだ。

 決意を胸に、ゆらぎは自身で造りあげてしまった実在しない『彼女』を演じた。