「到着。僕は近くのバーで暇潰ししてるから。何かあったら連絡してくれてもいいよ」
緑川は然り気無く料金を支払い、タクシーから降りると、ひとり大通りの人並みへと消えた。
眼前に聳えるレストランを見上げる。
ゆらぎは今、黒瀬に会う緊張感よりも、いかにもな高級レストランのメニューの値段を入店する前に想像していまい、怖じ気ついていた。
お金足りる……よね。
緑川の話によれば、黒瀬が予約を入れている為、店員に彼の名前を出せばいいと言われたが、本名なのか、それとも黒瀬名義なのかを確認するのを忘れてしまった。
自分の勘を信じるなら、おそらく後者だろうと予想はつくが。
「あの、黒瀬セメルの連れですが、予約はありますか」
「黒瀬様ですね。はい、承っております。お席へご案内致します。こちらへ」
慇懃な店員に従い、後を追うとテーブル席の一角に見慣れた後ろ姿が目に映る。間違いなく黒瀬先輩だった。
思わず、『黒瀬先輩』と口走りそうになる。
違う。今の私は『白石』じゃない。『シライ』だ。正体が明かされるその時まで、演じ続けなければならない。
もしかしたら、気づいていない可能性もあるのだ。最後まで気は抜けない。
「お、お待たせしてすみません」



