わたし、BL声優になりました

 エレベーターに乗り込み、事務所五階の寮フロアへ向かう。

 到着を待つ僅かな間も赤坂は再三、口癖のように黒瀬への警戒を怠るなと、ゆらぎに忠告した。

「今の時間だと、今日はもうセメルくん帰って来てると思うから、くれぐれも気をつけてね」

「はい」

 いや、ですから。
 私は黒瀬セメルの何に気をつければいいのですか? そう思いつつも、言葉には出さず返事をする。

 五階フロアに到着し、赤坂の後ろをついて広い廊下を歩いていると、突然その背中に衝突した。

 赤坂が立ち止まったらしい。

「痛っ」

「セメルくん、上半身裸で廊下を歩かないでくれって前にも言ったじゃないか」

 ゆらぎが痛みを覚えた鼻を押さえていると、衝突した赤坂の背中越しに彼の呆れた声が聞こえた。

 どうやら前方に黒瀬セメル本人がいるようだ。
 しかも、何故か上半身裸で。

「いいじゃん。俺と赤眼鏡しか、ここに住んでないんだから」

「そういう問題じゃないだろう」

 ゆらぎは位置を少し横に逸れて、視界を確保する。赤坂が対峙していたのは、身長百八十センチはあるだろう、上半身裸の長身の男性だった。

 よく見ると髪の毛が僅かに濡れている。シャワーを浴び終えた後なのかもしれない。

 ゆらぎが大人しく二人のやり取りを眺めていると、不意に黒瀬の視線が移動する。

「で、この小さい子は誰? 新しいマネージャー?」

「違います。この事務所に入った新人声優です」

 赤坂がゆらぎを庇うように黒瀬の視界を遮るも、黒瀬もゆらぎを凝視する為に負けじと移動する。

 ゆらぎを軸に二人がじりじりと半回転をしたところで、黒瀬の動きは停止した。

「ふーん。じゃあ、苛めてもいいってことだよね? ねぇ君、今からコンビニ行って、唐揚げの王様買ってきてよ。俺、あの唐揚げ好きなんだ」

 そうですか。好きならご自身で買いに行って下さい。と、思うが面倒なことになりそうなので口をつぐむ。

「苛めるのも禁止です。それより、これ今月のファンレターとプレゼントです」

 赤坂が段ボール箱を黒瀬に差し出す。ゆらぎもそれに習い、抱えていた大量の手紙を段ボール箱の上に重ねた。