わたし、BL声優になりました

 バスルームへ向かい、冷水のシャワーをジーパンの上から当てて患部を冷やし始める。

「つめたっ!」

 痛みと冷たさで呻き声を上げてしまう。

「これくらい我慢しろよ。てか、手間かけさせんな。時間ないってのに」

 初めて見る緑川の焦燥に、ゆらぎは驚きを隠せないでいた。

 そもそもコーヒーを溢してしまったのは、ゆらぎの落ち度であり、どちらかと言えば緑川は被害者だ。

 あの、高級そうなカップを大胆に破壊してしまったというのに、怒るどころか火傷の心配をされるとは思ってもいなかった。

 私なら割られたカップの代金くらいは、請求するかもしれない。

「とりあえず、これで大丈夫か。下は俺のやつ貸すから。もう時間もないし行くぞ」

 緑川の手際の良い処置のお陰で、火傷の痛みはすぐに和らいだ。

 彼の服を借りて準備もそこそこに、二人はタクシーに乗り込んで収録スタジオへと向かった。

「黒瀬は知ってんの? このこと」

「いえ、知りません」

「ふーん。そうなんだ」

 然程、関心のない緑川の返事に、ホッと胸を撫で下ろした。

 性別を知られてしまったのは一生の不覚ではあるが、これ以上詰問されないところをみると、彼を信用しても大丈夫かもしれないという謎の安心感が生まれる。

「じゃあ、知られたらマズイね」

「そうですね」

「……このことは秘密にしていて欲しい?」

 緑川は悪戯めいた笑みを浮かべ、ゆらぎを見つめる。

「はい」

 無論、出来るなら秘密は伏せていて欲しい。

「なら、ボクの条件聞いてくれる?」

「条件……ですか? えっと。オレ、お金は持ってなくてですね……」

 やはり、先ほど割ったカップの弁償だろうか。しかし、所持金は雀の涙ほどしか持ち合わせていない。

 ゆらぎが自身の懐の心配をしていると、緑川が顔を近づけて耳元で囁いた。
 
「お金は要らないよ。ボクが欲しいのは……」